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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)598号 判決 1985年8月27日

原告

波多野暁

右訴訟代理人

吉原大吉

被告

清水松男

右訴訟代理人

國本明

齋藤雅弘

主文

一  被告は原告に対して、金七三万六四三一円及びこれに対する内金六三万六四三一円に対する昭和五七年一〇月一一日から、内金一〇万円に対する昭和五九年六月二〇日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告

「1 被告は原告に対し、金二一四万六五八一円及び内金一六四万六五八一円に対する昭和五七年一〇月一一日から、内金五〇万円に対する昭和五九年六月二〇日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言

被告

「1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  当事者の主張

原告・請求原因

1  事故の発生

昭和五七年一〇月一一日午前七時過頃埼玉県北足立郡伊奈町大字小室一一一四五番地先路上において、これに接する原告のぶどう園からぶどうを積載した原告の引くリヤカー(以下、単にリヤカーという。)が右路上に進入したところ、右道路を原告からみて右方から進行して来た被告運転の小型貨物自動車(大宮四四ゆ九三九、以下、甲車という。)と右リヤカーの把手部分とが接触した(以下、事故という。)。

2  被告の責任原因

(一)  人的損害

被告は、甲車を業務用に使用した自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき原告が事故により被つた人的損害を賠償すべきである。

(二)  物的損害

被告は、甲車を運転し、降雨中漫然時速五〇キロメートル以上の高速(制限速度毎時三〇キロメートル)で現場にさしかかつた過失により事故を惹起したから、本法七〇九条により原告が事故により被った物的損害を賠償すべきである。

3  損害

(一)  人的損害

原告は、事故により、骨盤骨折(歩行不自由、右下肢運動不能、右腸骨節部圧痛)の傷害を負い、事故の日から昭和五八年一月一一日までの間、大野病院に、まず入院(四六日間)し、その後通院(実日数一七)して治療を受け、これに伴い、以下の損害を被つた。

(1) 治療費 金五八万〇三五〇円

(2) 付添看護料 金三七万九六三九円(注参照)

入院付添(職業付添人) 金三四万四一三九円

(注 当事者の準備書面に、金三四万四三三九円とあるのは、乙第四号証の一ないし四に照らし、誤算と認める。ひいては、これに基く各金額(いずれも注参照と表示する。)も二〇〇円を減算あるいは加算して摘示しておく。)

通院付添(近親者、一回当り一五〇〇円、一七回)金二万五五〇〇円

謝礼 金一万円

(3) 入通院諸雑費 金七万一二五〇円

入院雑費(一日当り一〇〇〇円、四六日)金四万六〇〇〇円

通院雑費(一回当り二五〇円、一七回) 金四二五〇円

通院交通費(ガソリン代) 金二万一〇〇〇円

(4) 雇人費用 金三五万円

原告の入通院中、原告の栽培するぶどうと陸稲の収穫などのため支出した人件費等で、その細目は以下のとおりである。

ぶどう出荷、陸稲刈入 金二三万五〇〇〇円

コンバイン代 金四万円

籾摺り代 金三万円

雇人謝礼(酒二〇本) 金三万三〇〇〇円

雇人食費 金一万二〇〇〇円

(5) その他の休業損害 金四五万〇七八一円

原告は、事故時五四歳で、農業を営んでいるが、同年齢の男子労働者の平均賃金額は、昭和五七年賃金センサスによると、毎月金二九万四六〇〇円のほか年間賞与金一一一万四五〇〇円であつて、月平均金三八万七四七五円となるところ、休業六三日(入院四六日、通院実数一七日)分は、金八〇万〇七八一円を下らない。右金額から、前記雇人費用三五万円を控除する。

(6) 慰藉料 金一二二万五九〇〇円

算定事情中特記すべき事項は次のとおり。

被告は、

① 事故直後、刑事罰、行政処分を免れるため、警察の事故扱にせぬよう原告に懇願し、承諾させ、また、

② 被害の慰藉のためにはどんなこともすると確約していたが、治癒後は言を左右にして応ぜず、会おうともしない。

(二)  物的損害 金六万五〇〇〇円

ぶどう(リヤカーの積荷)損傷 金六万円

リヤカー修理代 金五〇〇〇円

(三)  損害の填補 金一四七万六三三九円(注参照)

原告は、事故に基づく損害の填補として、被告から金一三六万三五六九円(注参照)、社会保険から金一一万二七七〇円の支払を受けた。

(四)  弁護士費用 金五〇万円 手数料・謝金 各二五万円

よつて、原告は被告に対し、損害賠償として前記3(一)(二)の合計三一二万二九二〇円から同(三)の填補額を減じ、同(四)の弁護士費用を加算した金二一四万六五八一円及び内金一六四万六五八一円(弁護士費用を除く)に対する事故発生の日である昭和五七年一〇月一一日から、内弁護士費用金五〇万円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月二〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告・認容

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)の事実は認める。

同2(二)の事実は否認する(但し、降雨の点は認める。)。事故状況については、後記抗弁2のとおりである。

3  請求原因3の事実は、次の限度で認め、その余は争う。

(一)冒頭の入通院の事実、同(1)のうち四四万九四三〇円、同(2)のうち入院付添分、(三)の事実は認める。

(一)(4)及び(5)については、原告は、ぶどう生産専業農家であり、事故当時同年産のぶどうのほとんどの出荷を終えており、事故による休業の事実があつても、原告の農業生産による収入は減少しなかつたから、その損害は雇人費用額を超えることはない。

被告・抗弁

1  和解の成立

被告は、原告との間で、昭和五八年二月一九日、事故につき、既払の治療費四四万九四三〇円、付添看護料三四万四一三九円(注参照)のほかに、右以外の損害(入院諸雑費、入通院交通費、休業損害、慰藉料並びに物損等)の賠償として金七〇万円を支払うことで事故に基く損害賠償全部につき和解が成立し、同日右和解金の一部として金五五万円を支払つた。

2  過失相殺

(一)  事故現場は幅約五メートルの舗装道路であり、原告のぶどう園には右道路に沿って高さ約一・八メートルの生垣があり、そのため、ぶどう園内と右道路(甲車の進んで来た方向)との見通しはほとんどきかない状況である。さらに、右ぶどう園の出入口は、右道路に向かつてかなりの下り傾斜となつている。

(二)  原告は、右のような現場の状況を知悉しながら一二〇キログラムのぶどうをリヤカーに満載して右ぶどう園から右道路に進入しようとしたため、リヤカーが前に滑り出しそれを制止できないまま(雨でぬかるみ滑りやすくなつている斜面で重荷のリヤカーを制止させるのは困難である。)道路右方の安全も確認せず(当時原告は視聴能力を妨げるフード付雨ガッパを着用していた。)、右道路に急に進入し、事故に至つたのである。

(三)  一方、甲車は時速約二五キロメートルで事故現場にさしかかつた(南約一〇〇メートルの被告耕作の畑先から発進した。)そして、甲車が事故現場にさしかかる直前、突然原告のリヤカーが道路上に現われたのである。

(四)  従つて、事故発生につき原告にも相当程度の過失がある。

原告・認否

1  抗弁1の事実は五五万円の受領の点を認め、その余は否認する。

仮に、被告主張の日に、原・被告間に和解が成立したとしても、それは損害の一部、つまり治療費、入院付添費、通院交通費、付添婦謝礼、雇人費用、物的損害についてのみであり、慰藉料等その余の損害については右和解の効力は及ばない。

2  抗弁2(一)の事実は、生垣の高さ見通し及びぶどう園出入口の傾斜の程度につき争い、その余の事実はこれを認める。

同(二)、(三)の事実及び同(四)は否認し、または、争う。

原告は、甲車を現認し、とつさにリヤカーを後ろにそらせて制動状態とし、身体を避けたものである。

第三  証拠<省略>

理由

一1 請求原因1(事故の発生)及び同2(一)(運行供用者責任)の各事実は、当事者間に争いがない。

2 事故発生の状況については、前記請求原因1の事実のほか、事故現場が幅約五メートルの舗装道路上で、原告のぶどう園がこれに接し、同園には右道路に沿つて生垣があり、同園出入口は右道路に向い下り傾斜となつていること、事故当時雨が降つていたことは、いずれも当事者間に争いがなく、以上の争いのない事実と<証拠>によれば、事故発生地点は、前記道路の原告ぶどう園出入口すぐ脇、甲車進行方向左端であつて、同園出入口付近の勾配は二メートル当り約二〇ないし三〇センチメートルで、右道路と同園内との見通しは前記生垣により強く妨げられていること、右道路の通行車両は日頃(ことに事故発生時間帯)殆どないこと、被告は甲車を運転し、時速三〇キロメートル前後で進行中、直前に原告のリヤカーを認め、制動回避のいとまなく接触したこと、原告は、フード付雨ガッパを着用し、約一二〇キログラムのぶどうを積載したリヤカーを引いて右道路に出ようとしたが、リヤカーの先端が右道路に出た直後約一〇メートルに迫っている甲車を発見し、とつさにリヤカーを後ろにそらせて制動状態にしようとしたが、リヤカーはそのまま僅かに道路方向に進行し甲車と接触したことが認められ、これに反する証拠はない。

以上の事実によれば、事故発生地点の状況に照らし、原告は、荷物を満載したリヤカーを道路に引き出すに際し、他方、被告は、右道路のぶどう園脇を通行するに際し、他の交通の存在を考慮して前方注視を十分にし、あるいは、他の交通を現認すれば直ちに停止して危険を防止しうる状態を保持しなければならないのに、漫然、事故発生の危険を十分考慮せず、前方の注視を十分にしないまま(相手の発見状態に照らし右のように判断する。)、事故発生地点に進行した過失があるといわなければならない。

よつて、被告は、事故により原告に生じた物的損害についても民法七〇九条により賠償義務を負うものであるが、原告もその損害につき過失相殺を免れない。

二和解の抗弁について

昭和五八年二月一九日被告から原告に対し金五五万円が支払われたことは当事者間に争いがなく、右事実と、<証拠>によれば、被告は自動車保険代理店主田中祐徳とともに同日事故に関し示談を求める旨予告したうえ、原告宅を訪れ、原告と交渉した結果、七〇万円の支払につき合意に達し、うち五五万円が前記のとおり支払われたこと、右交渉において当時治療費(四四万九四三〇円)、付添看護費(三四万四一三九円)が支払済であり、そのことを相互に確認したうえ、原告は、請求項目・金額につきメモを示して具体的な金額を提示したこと、被告はその後同月二七日頃田中を同道し、残金一五万円と被告側で作成した示談書案(乙第六号証)を原告宅へ持参して、金員の受領・示談書の署名捺印を求めたが拒否されたことが認められる。

ところで、証人田中は、同日の合意内容は乙第六号証の記載どおり、事故に基く損害賠償全部(但し、後遺障害に関する分を除く。)、すなわち、治療費、看護料、雑費、慰藉料等一切にわたる旨供述する。一方、原告は本人尋問において、同日の交渉に際し、甲第八号証(これには原告の本訴請求にかかる物損、雇人費用、付添婦謝礼、通院費(ガソリン代)等についてのみ記載がある。)を提示し、慰藉料等につき交渉していない旨供述する。

右両者のいずれを措信すべきか的確な材料はないが、保険代理業者田中が関与しながら、和解金額を算定するに至つた経緯(ことに、被告側の計算)が明らかにされず、また、示談の対象たる損害項目の範囲を明示する文書も作成されていないことに鑑み、田中の供述を採つて、原告の供述を斥け、被告主張のような事故による損害全般についての和解が成立したものとみることはできない。

なお、和解が事故に基く損害の一部に関するものである場合、その余の損害賠償に関する処理方法が和解の趣旨から明らかな場合はともかく、ことに、本件のように過失相殺の事案にあっては、通常、和解にかかわりなく、全損害について算定するのが当事者間の公平に合致するものというべきである。右和解はその合意の範囲が明らかといえないので、結局、後記のように全損害について算定することを妨げないものといわなければならない。

三そこで、事故に基き原告に生じた損害及びその填補について判断する。

1 人的損害

(一) 傷害の部位程度及び治療費 五八万〇三五〇円

<証拠>によれば、原告は、事故により骨盤骨折の傷害を受け、事故の日たる昭和五七年一〇月一一日から昭和五八年一月一一日までの間、大野病院に四六日間入院し(うち、三八日間は歩行不自由等のため付添看護を要した。)、その後通院(実日数一七)の治療を受け、治療費(社会保険負担分を含む。)として金五八万〇三五〇円(四四万九四三〇円の限度で争いがない。)の損害を被つたことが認められる。

(二) 付添看護料 金三四万四一三九円

職業付添人によるものとして、右金額の限度で当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、入院中の三七日間の付添看護料が右のとおりであることが認められるので、その余については、雑費と合わせて算定することとする。

(三)(1) 入通院諸雑費・近親者付添費 金七万円

前記の四六日間の入院及び一七回の通院につき、出捐を要する諸雑費(近親者付添費、職業付添人謝礼を含むほかに、交通費につき後記。)は、右金額を相当とする。

(2) 通院交通費 金一万七〇〇〇円

<証拠>を総合すれば、通院交通実費として金一万七〇〇〇円を下らない出捐をしたものと認められる。

(四) 雇人費用 金三五万円

<証拠>を総合すれば、原告は主としてぶどうを生産する専業農業経営兼従事者であるが、事故後の治療期間中に原告の労働に代え、収穫等に雇人を使用し、原告主張のとおり合計三五万円の出捐を要したものと認められる。

(五) 休業損害 金四五万〇七八一円

<証拠>によれば、原告は事故当時五四歳で、ぶどうを主体とする専業農業経営兼従事者であつて、集落の中堅農家であつたと認められ、事故による休業の結果については、必ずしも明らかでないが、同年齢の賃金労働者の平均給与を下らない損害を被つたとみるのが相当であつて、昭和五七年賃金センサスを用いて、入院日数及び実通院回数相当の六三日につきその金額を計算すると、原告主張の金八〇万〇七八一円を下らず、右金額から、代替労力を利用するに要した前記雇人費用金三五万円を控除し、休業による損害を金四五万〇七八一円とするのが相当である。

(六) 慰藉料 金六〇万円

傷害の部位程度その他本件に顕われた諸般の事情を総合すれば、原告の過失をも考慮した場合、右金額をもつて相当とする。

2 物的損害 金六万五〇〇〇円

<証拠>によれば、原告は、事故によりリヤカーの積荷であるぶどう一二〇キログラムの損傷金六万円、リヤカー修理代金五〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

3 損害の填補 金一四七万六三三九円

(うち、社会保険分金一一万二七七〇円)

この点については当事者間に争いがない。

4 弁護士費用 金一〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟の追行を訴訟代理人たる弁護士に委任し、金五〇万円の手数料・謝金の支払を約し、あるいは支払を了したものと認められるところ、本件事案の性質、訴訟の経過、認容額等に照らし、訴状送達日の現価において、うち金一〇万円を事故と相当因果関係ある損害と認める。

四以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、三1の(一)ないし(五)の合計額から被告の過失の程度に応じてのみ被告に求償しうるところから過失相殺の対象外というべき社会保険による填補分一一万二七七〇円をまず差引いたうえ、所要の過失相殺をなし(前記一2の事故状況に照らし、金一四〇万円に減ずるのが相当である。)、これに慰藉料六〇万円、弁護士費用一〇万円を加えたうえ、填補額(社会保険分を除く一三六万三五六九円)を差引いた金七三万六四三一円が未填補の損害賠償額となる。

よつて、原告の本訴請求は、損害賠償金七三万六四三一円及びうち弁護士費用を除く金六三万六四三一円に対する事故の日から、弁護士費用金一〇万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年六月二〇日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官高山 晨)

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